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三毒追放!

 みなさんは、「三毒」というと何を思い浮かべますか?

 お恥ずかしいことに、「マリファナ」、「タバコ」、「アルコール飲料」なのかと最初思ってしまいました。
 それというのも、この言葉は、勝間和代氏(経済評論家)のサインに書いていただいた言葉で、アルコール飲料を飲まれないと聞いていたからです。

 勝間氏の著書やブログを読んでいる方には、すぐに分かると思うのですが、実際は、勝間氏のブログ「仏教の三毒とトラウマの関係性」に書かれているように次の三つになります。

 ・ねたむこと
 ・怒ること
 ・ぐちること

 勝間氏は、『このことを聞いてから、しばらくワープロで下記のことを書いて、前の職場では3年間くらい、机に貼っていました。』と仰っています。

 - ねたまない
 - 怒らない
 - ぐちらない

 ところで、「三毒」についてインターネットで検索してみると他の解釈もあるようです。
(「三毒」ウィキペディア、「やさしい仏教入門」 三毒 参照)

 『仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち貪・瞋・癡(とん・じん・ち)を指す。』とされ、次の三つのようです。

 ・貪(とん):貪欲(とんよく)ともいう。はてしなくむさぼり求める心。
 ・瞋(じん):瞋恚(しんに)ともいう。怒りの心。
 ・癡(痴・ち):愚癡(ぐち)ともいう。真理に対する無知の心。

 「怒り」以外が、微妙?に異なっていることが気になりますが、三つ目の「ぐち」は、本来の意味が、『理非の見分けがつかない愚かさのこと。』(株式会社岩波書店 岩波国語辞典第六版)というこになるようです。

 いずれの三毒も人の心の中にあるものですが、社会の中をみてみると目に見える「三毒」があるように思います。
 次の三つが適切かどうか分かりませんが、思いつくものをあげてみました。

 ・貧困
 ・戦争
 ・病気

 考えてみると、これらは、心の三毒と少なからず関係があるように思われます。

 貪欲にむさぼらず、分かち合えれば「貧困」が無くなり、
 怒りの心を持たなければ、「戦争」が無くなり、
 健康について正しい知識があれば、「病気」も少なくなる。

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コメント

なかなか奥が深い・・ブログでした。

私は・・3悪の中で一番は
戦争だと
いつも思っています。
生存権だけは・・勝手に、理不尽に犯されちゃいけないと思います。
かといって
生きる権利と同様に
自由に死ぬ権利もあると思っています。


むかし・・好きな本に
「ヒトはイヌに喰われるほど自由だ」
と言うのがありました。
そう思います


もう一つ
平等と
自由は
全然違うものだそうです。
うーーーん(^^)
貧困を考えるヒントになりそうです。
でも・・情報が世界を超えなければ
それはそれで幸せだと
思えていたのかも・・ね
何もなくても幸せかも知れないし
病も絶対にいけないとは限らないし
ヒトは自由でいたいね
獣の仲間として。。


賞状ありがとう(^^)


投稿 鉄下駄 | 2008年7月17日 (木) 10時00分

鉄下駄さん、有難うございます。

戦争って「理不尽」ですね。


> 「ヒトはイヌに喰われるほど自由だ」

見識不足で、ネットで検索させていただきました。

「メメント・モリから少年の港 藤原新也展」
http://www.kahitsukan.or.jp/fuj.html

こちらに小さいですが、写真が出ていました。


「memento」は、「死を想え」
ラテン語の「remember you must die」
(株式会社研究社 新英和・和英中辞典)

また、Wikipedia には、「メメント・モリ」は、

「趣旨はcarpe diem(今を楽しめ)ということで、
「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」
というアドバイス」

と紹介されていました。


今回、「貧困、戦争、病気」を「三毒」に取り上げましたが、
これも見識不足かもしれません。


マザーテレサの言葉に、

『この世で最大の不幸は戦争や貧困などではない。
寧ろそれによって見放され、“自分は誰からも必要とされていない”と感じる事。』

とありました。


> 自由に死ぬ権利もあると思っています。

「獣」であれば、最後の最後まで「生」にこだわり、
そこから生まれるものが大切ではないかとも感じます。

生と死は、その両方があって存在しえるのかもしれませんが、
「いのち」の大切さや、尊さを自然が教えてくれているように思います。

投稿 sakestyle | 2008年7月18日 (金) 07時17分

良かったら・・
藤原さんの
全東洋街道全二巻・・読んでみてくださいませ。
学生卒業して
代理店で働いて
一番人間としておごっていたときに
感じ入った本なんです。
有る意味救ってくれたかも。
その後も時々読み返したり写真をぼーーっと眺めています

人間そんなに偉くないよなぁ・・と。
私の原点かも知れません。。


今でも思っています。
自由に死ぬ権利はあると。
でも
決して勝手に死んで良いと言うことではないんです。
生を全うしながらも、努力で解決できない・・事故が起きて自分の生の限界を知るまで頑張ろうと言うことです。
基本的に歩けなくなったら・・獣は全て終わりです・・・

そして
自殺はもっともダメだと思っています・・自分の身体の・・獣としての限界を知ってからでなければ・・そして
後始末をつけなければ・・
必ず
現代は
廻りを巻き込みます。。
毎年鬱病という病の元自殺で8000人が死んでいるそうです。
交通事故死と匹敵します。
これは・・もっともまずいといつも思っています。。
これで死なれたら
廻りはたまりません。
私がいろいろお話を聞いている方達の中の半分も廻りに自殺したかたがいます。

自由をはき違えているのかも知れません。
特に日本人は。。
そんな気がしています。。

自由だと言ってしまうと、自由市場経済となり貧困が始まります。
ここでは
自由ではなく
平等の方であるべきだと思っています。


そのうち飲みながらお話ししたいですね(^^)


投稿 鉄下駄 | 2008年7月18日 (金) 09時07分

鉄下駄さん、コメント有難うございます。

この様なお話が出来るとは思いませんでした。
ブログの面白さかもしれません。

今度、藤原新也 氏の作品を拝見してみたいと思います。

また、先日は、お誘いを頂いたのに参加することが出来ず、
誠に申し訳ございませんでした。

機会を改めまして是非お願いいたします。

投稿 sakestyle | 2008年7月19日 (土) 21時41分

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